空気抵抗下の運動
高校で習う落体運動や放物線運動は、 問題を簡単化するために空気の抵抗を
考慮していません。 このため現実の世界で起こっている現象とは若干違ったもの
になっています。たとえば、物体を自由落下させたときの運動を考えてみましょう。
空気がない状態では、物体の落下速度は時間が経てば経つほどその大きさは増
えます。ところが、実際にはその大きさはある一定値に近づきます。
では、その一定値を求めてみましょう。 まず、速度が速くなればなるほど空気の抵
抗が大きくなるのは、高速道路で車に乗車したときに手に受ける風の風圧から直
観的に理解できると思います。 したがって、 物体の空気中での自由落下に関する
運動方程式は以下のようになります。ここで、空気抵抗が速度の大きさに比例す
るとしました(rは比例定数)。 また、 物体が落下する方向をXのプラス方向に取っ
ています。
MA =MG −rV (r:空気抵抗の係数)
加速度ベクトルを速度ベクトルを使って表すと、
M dV /dt=MG −rV
速度が一定になるとき、加速度が0になるから、
0 =MG −rV
よって、最終的な速度の式は
V =MG / r
となります。
運動方程式からは空気抵抗に関する情報はこれ以上得られませんので、より微視
的な検討をしなければなりません。 空気を構成しているのは窒素分子 や 酸素分
子です。よって、これらの分子との衝突が空気抵抗を発生させていると考えていい
でしょう。以下の図は速さVで運動する物体に対して、上下から空気分子がそれぞ
れ一個ずつ衝突する場合の図です(図1参照)。 このとき、 空気分子の運動量が
どのくらい変化するかを考えてみます。
物体と空気分子間の衝突は完全な弾性衝突と仮定します。 空気分子Aの物体に
対する相対速度はU−V、 一方、 空気分子Bの相対速度はU+Vです。 これらを
考慮すると、衝突後の空気分子の速度は−U+2V(分子A)と U+2V(分子B)と
なります。速度のプラス方向は下向きに取っています。以上から、空気分子の運動
量の衝突前後における変化は以下のようになります。 完全な弾性衝突の場合は、
衝突の前後で相対速度の大きさは変わらず、その符号のみが変わります。 この
点を忘れている方はもう一度確認してください。 ちなみに、この過程では運動エネ
ルギーは保存されます。物体と共に動いている座標系で考えれば、すぐに理解で
きると思います。
空気分子Aの速度: U(衝突前) −U+2V(衝突後)
空気分子Aの運動量変化: −2mair(U−V)
空気分子Bの速度: −U(衝突前) U+2V(衝突後)
空気分子Bの運動量変化: 2mair(U+V)
上の結果から空気分子(二個分)の運動量変化は4mairVとなります。 ゆえに、物
体が空気から受ける抵抗力は、上の値に単位時間にぶつかってくる分子の総数を
かけたものになります。その力の方向は、当然−方向になります。 これで、空気の
抵抗力が物体の速度に比例することを微視的な検討から示せました。
上の議論が良く判らなかった方は、 運動方程式にもどってもう一度考えてみてくだ
さい。 運動方程式は、 時間微分を使って表すとmdv/dt=Fという形になります。
分子の質量は衝突の前後で変化しませんので、 dmv/dt=dp/dt=Fと書き換
えることができます。 ここで、pは運動量を示しています。 つまり、運動量の時間変
化が判れば、分子が受ける力の大きさも判ります。 さらに、作用・反作用の法則
を使って、 単位時間に分子全体に加わる力から物体に働く抵抗力が計算できるこ
とになります。
それでは、 具体的に数値を代入して最終速度の値を求めてみましょう。 空気分子
の平均速度は気温を 0 度Cと設定して mairU2/2=KT/2 から以下のように計
算されます。ここで、mair=0.8m窒素+0.2m酸素として計算しています。また
、Kはボルツマン定数で、Tは絶対温度です。
U=(KT/ mair)1/2=281m/s (=1010km/h)
ここで、K=1.38X10−23J/K、また、T=273Kという値を使いました。空気分子
の平均質量は以下のようになります。
mair=0.8m窒素+0.2m酸素=0.8X28+0.2X32=28.8 g/mol
そして、単位体積当たりの空気の分子数も、気圧が1気圧として以下のように計算
されます。
アボガドロ数NAが6.02X1023 個/molであるので、 理想気体(1mol)の体積
22.4X10−3 m3を(0°C、1気圧)を考慮して、 Nair=44.6NA 個/m3となり
ます。
今流行りのウィングスーツを着た人間の最終落下速度を求めてみます。 体重を1
00キロ、表面積Sを30cm X200cm(0.6m2)とします。すると、上の数値計算
の結果から最終速度は以下のように計算されます。
まず、単位時間当たりの空気分子の全運動量変化は
ΔP/Δt=2mairNairUSV=89.3mairNAUSV N(ニュートン)
となります。したがって、最終的な落下速度V最終は
V最終=M人間G / 89.3mairNAUS=2.26 m/s (=8.14 km/h)
となります。
全運動量変化の式におけるファクターの2は、体積中の半分の分子が+方向に動
き、残りの半分が−方向に動いていることから来ています。
直径10cmの鉄の球の場合は、質量が約4kgで表面積が78.5cm2となるので、
最終速度は6.91m/s (24.9km/h)となります。
いずれの場合でも、最終速度の値はかなり小さく出ているように思います。 これは
、モデルの不完全さによるものと思われます ( 完全弾性衝突性からのズレ、 分子
の速度分布の存在、 重力下の分子密度勾配の存在、気温の高度依存性、 物体の
形状効果など)。 物体の落下速度が分子の平均速度に対して無視できない場合は
、これを考慮したモデルが必要になります(空気抵抗を大きくする方向に働く)。
さて、 今までの議論では分子間の相互作用がないとして計算してきましたが、 そ
の相互作用を考慮したモデルを少し考えてみましょう。